圓龍寺と神明社の「神富」

 ・圓龍寺の山号「神富山」は シンプウ山 であることが、2022.05に判明した

 ・神社の「神富神明社」は当初「シントミ」であったが、現在は「カントミ」で登記されている

 ・神社名の「神富」が付けられた時期は分かって無い


▶ 圓龍寺の縁起より、山号に付いて

 ・明治30年12月16日に本山より圓龍寺に神野富田から神富山(しんぷう山)の山号を賜る

 ・山号に姓が分かる読みはふさわしくないので、(しんぷう)と読み変えたと推測する

 ・(しんぷう)は音がいい、カミノに改称後であったとしても、やはり 神富 は(しんぷう山)かな


▶ 資料館の神明社のパネルに しんとみ とルビがある

 ・神明社の漢字は圓龍寺の山号の神富と合わせたと推測するが、読みは(しんとみ)だったはず 

 ・下のパネルの神野家には かみの のルビがあり、神明社名は意識して しんとみ と区別している

  ことから、パネルを作成した時点は(しんとみ神明社)であったはず

 ・2022年5月に地元の80歳くらいの人に確認すると、昔は(しんとみ神明社)だったが、その後になって

  (かんとみ神明社)と呼ばれるようになったとのこと

 ・神野さんが、(カミノ)に改姓したことにより、2022年時点の神富神明社の登記上の振り仮名は

  (かんとみ)になっているので、現時点の正式名称は(かんとみ神明社)となる

 ・神野富田両家と町内ではっきりさせる必要があるが、(かんとみ)とするなら資料の注釈として当初は

  (しんとみ神明社)だったが、その後になって(かんとみ神明社)と明示すべきと考える


▶ 牟呂小学校発行の「むろ」に しんとみ とある

 ・2022.11.15

 ・「神」を「新」と間違えているが、読みが「しんとみ」であることの証拠と言えます

 ・昭和62年、牟呂小学校発行「むろ」127ページより


▶ 炎の祭典オフィシャルブログに「しんとみ」とある

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▶ 豊橋観光コンベンション協会のHPでは しんとみ とルビがある

  ・豊橋市観光案内公式サイトの豊橋観光コンベンション協会が しんとみ と記載しており

   根拠が合って書いているはずと考える

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▶ 牟呂小学校の副読本を確認して作ったHPがある

  ・下の個人のHPのURLに sintomi が使われている

  ・HP管理人に確認した結果、昭和62年の牟呂小学校の副読本で確認したとの回答あり

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