▶ カミノへ改称と日付が紐付いた資料は3点見つかっているが、改称時期は特定できない
▶ 大正11年には既に「カミノ」姓であった、確実な証拠
・初代神野金之助が亡くなる前日(大正11年2月19日)の特旨叙位願いの電報で、カミノキンノスケとある
・発信者は初代金之助の腹心の二人で、受取人は妻の弟の当時の司法大臣
・電報が信用できると考えられるので大正の初め頃と大正12年の改称説は間違いと考えられる
▶ 電報の受取人と差出人
・喪主(男)は長男の金重郎で、翌年大正12年に二代神野金之助重孝を名乗る
・受取人は妻の豊子の弟の大木遠吉司法大臣なので親戚送泥に名がある
・差出人の2名は初代金之助の腹心であり友人惣代となっている
▶ 訃報記事から「カミノ」姓であったと、薄っすら見える情報
・左下のピンクの網掛けの3ヶ所にルビがあり、「じんの」ではなく「かみの」に見える
(上の電報を知っているので、「かみの」と読める気がします)
▶ 二代金之助のカミノ姓に関する発言
・何故か詳しいことを言わないようにしている感がある